ひと通りのプレイを終えたので感想をまとめてみる。
概要
■ジャンル 一人称視点アドベンチャー■開発 thechineseroom & Robert Briscoe
■パブリッシャ thechineseroom
■プラットフォーム Win / Mac
■リリース日 2012年2月14日
■価格 $9.99(日本語版は980円)
■入手経路 公式サイト、Steam、Desura、PLAYISM
■公式サイト http://dear-esther.com/
■プレイ時間 4時間程度(オリジナル版『Dear Esther』含む)
まずはじめに本作は、『Half-Life 2』MODの『Dear Esther』をオリジナル版としたリメイク作である。開発の動機は変わっており、クリエイティブディレクターのDan Pinchbeckが大学で「一人称視点のゲームでのストーリーテリングの手法」などを研究するにあたって開発されたものだそうだ。オリジナル版も本作も、開発を手がけているのはイギリス・ブライトンのthechineseroom。商業用としてはリメイク版『Dear Esther』が処女作となる。
開発にはLittleLostPoly所属のRobert Briscoe(と言っても彼1名の会社である)がアートデザイン担当として関わっており、ゲーム開始時に表示されるクレジットにもその旨が記載されている。氏は『Mirror's Edge』や『Nuclear Down』の背景アートなどを手がけていたそうだ。
雰囲気を味わうタイプの作品ではあるが、独白がプレイの大半を占めており、英語の理解は必須といってよいだろう。記事執筆段階ではPLAYISMで日本語字幕版の入手が可能なので、英語に自身がなければ日本語版の購入を薦めたい(私自身も日本語版をプレイしている)。
リリース当時はWindows版のみだったものが、2012年5月15日にMac版もリリースされている。公式サイトによるとリテール版の発売はない、とのことだ。
ちなみにセールスはかなり好調なようだ。
・リリースから5時間30分でIndie Fundからの出資分を回収
http://dear-esther.com/?p=630
・リリースから1週間で5万本のセールスを記録
http://dear-esther.com/?p=657
・リリースから約3ヶ月で10万本のセールスを記録。半額セールの影響も大きい
http://dear-esther.com/?p=1293
Xbox 360コントローラでの操作がサポートされているので、私はそちらでプレイした。
レビューではないが、doope!に日本語で読める開発者インタビューが載っているので興味のある方はぜひ参照されたし。日本のメディアがインディーゲームの開発者にインタビューすることは珍しいこともあり、価値あるインタビューだと思う。
・独創的なタイトル誕生の経緯や東欧文学の影響など、「Dear Esther」開発者インタビュー第1弾
http://doope.jp/2012/0522784.html
・次回作『AMNESIA: A MACHINE FOR PIGS』や日本のゲームについて、「Dear Esther」開発者インタビュー第2弾
http://doope.jp/2012/0522822.html
2012年10月20日追記
後日、PLAYISMにも同内容のインタビューが掲載された。こちらは1本にまとめられている。閲覧性は若干doope!のほうが高いと思うPLAYISM ニュース & ブログ「PLAYISM プレーイズム おすすめ インディーズ PC ゲーム アドベンチャー Dear Esther インタビュー」
http://playism.blogspot.jp/2012/05/playism-pc-dear-esther.html
ゲーム内容
廃墟と化した孤島が舞台の一人称視点アドベンチャー。初見プレイにかかる時間は1時間30分~2時間くらいだろう。プレイヤーは歩くことと見ることしかできないのが最大の特徴。ジャンプはおろか、落ちているものを手にすることすらできない。アドベンチャーでありながら書物や手紙といったテキストの類を入手することもない。謎解き? パズル? もちろんそんなものはない。
本作は4章構成 いちばん廃墟っぽい雰囲気のチャプター1「灯台」 |
チャプター2「浮標」 チャプター構成は「起承転結」にならっている |
チャプター3「洞窟」 グラフィック強化の恩恵をいちばん受けたと思う |
チャプター4「電波塔」 男が歩き、目指したものとは…… |
ではそこにあるのはなにか? 陳腐な言葉になってしまうが、それは「空気感」である。
類稀なる没入感×醸し出される孤独感
『Dear Esther』は1人とつぶやく男が荒れ果てた島を歩いているだけなのに、プレイヤーに与える「歩いている」という感覚がほかのゲームのそれと比較して群を抜いている。FPSとは異なるゆったりとした歩行速度、徹底的に排除されたゲーム要素がそうさせているのだろう。しかし、それらの要素を並べただけでは語りきれないような凄まじさを感じる。時折ピンポイントで入る演出も上出来。それでいてさりげなく、印象深いシーンを作ることに成功している。
人の気配をまったくと言っていいほど感じさせない孤島独特の雰囲気も素晴らしい(孤島なんて行ったことないんだけど)。打ち棄てられた船や崩れて原型を失いつつある家屋、そこに吹きこんでくる冷たい風の音といったさまざまな要素が孤独感を一層高め、廃墟特有の味わいがある。
ここまで言っておいてなんだが、個人的な好みでは廃墟とするにはもうひとつという感じもする。それは随所で見られる蝋燭の火であったり、壁面に描かれている図形だったりで、それらから少なからず人の息吹が感じられてしまうためだ。これらはストーリーを語る上で必要があって用意されているものなので仕方がないのだが、ちょっとだけ残念でもある。
人の息吹を感じさせるもの |
意味ありげで謎めいた独白
本作を語る上で欠かせないのが、主人公による独白である。タイトルにもなっている「Esther(エスター)」を始めとしていくつかの名前が現れ、また、いくつかの過去の出来事が語られる。その語り口はちょっと変わっており、適当に読み進めていくと置いてけぼりに合う(私が日本語版を進めるのもこれが理由である)。
元より謎を残すように意図されている部分もあるため、すべてを理解するのは難しいだろう。しかし、開発者自身が言うとおり、そのギャップを埋めようとする想像力こそが本作を楽しむ原動力になっているのは疑いようがない。
断片的に与えられる情報を元に想像し、推測し、考察するのは雰囲気ゲーの醍醐味だ。
結局、買いなの?
購入するかどうか迷ってレビューを読む人もいると思うので言及しておきたい。まず、このゲームは万人に勧められるものではない。多くのレビューで語られているとおり、ゲームであるかどうも疑わしいどころか、ゲームではないと結論付けるプレイヤーのほうが多いだろう。したがってゲームを期待して買うと肩透かしを食らう。
逆にスクリーンショットやトレーラーなどで主にビジュアルアートに興味を持った人、ストーリーを考察するのが大好きな人にはオススメできる。ただ、どんでん返しとか感動であるとか、そういったストーリーそのものを楽しむ作品ではない点は注意してほしい。本作のストーリーはあくまで余白を楽しむという趣である。
ホラーでもアクションでもミステリーでもない。典型的なアドベンチャーとも違う。その独自性に惹かれるプレイヤーもプレイして損はないだろう。ただ斬新なものに触れるという以上の何かを得られるかは当人の適性次第と言わざるをえない。
Mod版をプレイしようと思っている人へ
オリジナル版であるMod版『Dear Esther』は無料で入手できるので、先にそちらをプレイしようと考えている人もいるかもしれない。私自身もそのように考えていた。しかし、それは待ってほしい。製品版の購入予定があるなら、製品版にファーストプレイを譲るべきだ。
恥を覚悟で告白すると、Mod版をプレイした私の感想は「これが(賛否あろうとも)広く受け入れられたなんて信じられないなぁ」であった。もちろん、これは製品版を先にプレイしたからこその感想だろう。ただし、製品版がリリースされた今となっては、Mod版と製品版と間に埋めがたい大きな隔たりがあるのは事実なのだ。今からMod版をプレイするのは、単に原点に触れる以外の意味を持たない。
冒頭のシーンの比較 単純なグラフィッククオリティの向上だけではないことがよくわかる |
Mod版は『Half-Life』っぽさをまだまだ残している |
製品版とMod版とで甲乙つけがたいシーンもある 写真のシーンはMod版のほうが好きかも |
もう一度言おう。プレイを考えているのならMod版ではなく製品版を優先するべきだ。
なお、ネタバレになってしまうので書かないが、Mod版と製品版には決定的な違いが2つあるので、気になる人は製品版のプレイのあとにMod版をプレイしてみるのもよいだろう。
少しだけ気になる点
チャプターセレクトがゲームクリア後しか機能しないっぽい点。各チャプタークリア後にメインメニューに戻ったりすると最初からやり直すはめになる。F6でクイックセーブ、F7でクイックロードができるので、チャプターが変わったタイミングでセーブしておくとよいだろう。チャプター3「洞窟」で身体(視点)が不自然に浮き上がる場所、妙に長くかがみっぱなしになってしまう場所があるのも気になった。進行上無視することはできない場所なので見逃すような不具合でもなさそうなのだが、Mod版にはそのような場所もなく、なにか意図があってのことなのか純粋に不具合なのかは不明。英語版のプレイ動画でも同様のことが起きているため、日本語版特有の問題というわけではない。
日本語字幕についてもいくつか。
漢字多めで活字を読むような雰囲気の訳はいいと思うだけれど、「鴎/gull」くらいは「カモメ」とかルビあり表記の「鴎(かもめ)」でよかったのではないかと感じた。また「隠修士/hermit」や「牧者/shepherd」なんて言葉もあまり馴染みなくて少し困惑してしまった。
特に「隠者/hermit」と「隠修士/hermit」が混在して使用される点が気になった。一文のなかに同時に出てくることもあるので、意図あってのことと推測するが、もう少し気を使って欲しかったというのが本音。
私自体が、「ロトの妻/Lot's wife」という言葉がピンとこないような人間で、読解力やそれに準ずる素養・文化的背景が足りない部分があるであろうことも念のため付け加えておく。
2012年10月20日追記
のちに本作のローカライズを手がけたPLAYISMが、自社のTwitterアカウントで「『Dear Esther』の和文はすべて七五調になっている」ことを明かしている。七五調を維持するため、上記のようなワードのゆらぎが生じている可能性があるだろう。七五調を重視したと考えれば納得できない話ではない。余談であるが、後からフォントを変えた結果、未対応の文字が出てきたため、本作の訳文は一度書き直しているそうである。
言おうと思って忘れていましたが、Dear Estherは地味に日本語がすべて五七調になっています。youtube.com/watch?v=Aa011j…! 実に地味なこだわり。
— PLAYISM プレーイズムさん (@playismJP) 6月 22, 2012
ちなみに、最後の最後で、フォントにもこだわろうぜと言ったら、使えない文字が大量に出てきて、言い出した手前、引くわけにもいかず、もう一回書きなおすことに。あれは逃げ出したかった。playism.jp/games/dearesth… そんなDear Estherです。どうぞ愛でてあげてください。
— PLAYISM プレーイズムさん (@playismJP) 6月 22, 2012
総括
『Dear Esther』こそ、まさに「作品」と呼ぶにこそふさわしい。ゲーム開発の本流ではないものの、いくつかのゲームが目指したであろう「体験」がそこにある。往々にしてアーティスティックな面にばかりとらわれたゲームというのは失敗するものだが、本作は異なる。廃墟特有の崩れゆく美しさ、孤島に漂う寂しげな雰囲気は抜群で、独白を軸にしたストーリーも余所にはない味わいがある。ただ誰もが楽しめる作品ではない。しかし、その一方で作品に魅せられて、何度も島を訪れることになるプレイヤーもいるのは間違いないだろう。それくらいに本作は衝撃的で、ある種の耽美を備えている。
最後にいくつかスクリーンショットを貼っておく。心に響くものがいくつかあれば購入に踏み切ったほうが幸せになれるだろう。
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